2013年8月2日金曜日

シャボン玉とんだ

今一人、恩人が長旅へのわらじに足を入れた。
母が看病している彼女は、何を思っているのか。

人の死で思い出すのはいつもいつも祖母のことである。
転移に転移を重ね、脳腫瘍で亡くなった彼女は、意識は強くもっていたものの、喋ること、立つことは終にできなくなっていた。
当時中学生だった僕は、お見舞いにいくたび萎んだ祖母に悲しみを感じたものだ。

そんな彼女は僕を見るたび、強く手を握り、額に押しあて一言「佑ちゃん」と呟いた。無論、あまり言葉にはなっていない。
普段言葉にしないと伝わらない想いなどない、と考える僕だが、この時ばかりはどうしようもなかった。
彼女の想いが、愛が、人生が流れ込んでくるようであった。
この時の感覚は、今思い出しても涙が出る。



今懸命に戦っている彼女は、母に会うたび手を握り、そばにいてと伝えるという。

きっと、人が最後に求めるのは繋がりで、手を握ることは想いを伝えられる最終手段で、
ETに象徴されるように、手は外に飛び出た感情なのだ。
僕は手から流れる何かを感じ取れない人間にはなりたくない。
恋人と手をつなぐ時、盟友と握手をする時、いじらしく指が触れる時、なんでもいい。
その一瞬の触れ合いをもう少し感じたいな。

そして今際の際には大好きな人に手を握っていて欲しい。


なんで朝から泣かなきゃいけんのだ。
そうこうしているうちに電車逆乗ってしまった。
世界が悪い。


本日のBGM  オルゴール/椎名林檎

みんな一日頑張ろうね。ほどほどに。

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